みっちゃん介護日記

2016年91歳になり。要介護1。大正生まれのみっちゃんとの悪戦苦闘な毎日。→2016年6月2日に91歳の誕生日をを待たず、あっという間に亡くなりました。亡くなった後は私の心と悪戦苦闘な毎日です。

6年前父が2年の介護の末他界してから一人にしてはおけないとみっちゃん(実母)を我が家に呼び寄せ同居&介護スタート。みっちゃんは26年間リウマチと戦う今年91歳。認知症はないものの喧嘩とイライラで毎日悪戦苦闘。少しでも自分を客観的に見られたらとブログを作って日記を書いてみようと思いました。

みっちゃんが笑ってた。素敵な笑顔で^^

もちろん夢の話です。

久しぶりにみっちゃんの夢を見ました。

何か私を案ずることでもあったのでしょうか?

相変わらず素敵な笑顔でニコニコしゃべっていました。

もう3年以上たつのに夢に出てきた時

自分ではなぜここに??とびっくりしないのはどうしてでしょう。

自然に当たり前のように受け入れて会話をして目が覚めて「おっ?」
と思う。
懐かしかったです。もっと出てきてくれたらいいのに。

年末の挨拶だったのでしょうか?

来年も見守ってくださいね。私だけでは消化できないことが山積みです。

知恵を分けてください、みっちゃん。

主人が仕事に復帰したものの

もう12月です。

主人が9月2日に頸椎の手術をしてから3か月、手の痺れがひどく

足の不安定さもまだ残っているため仕事復帰ができない状態が続いていました。


日常生活にはさほど支障がないものの仕事となると運転や荷物運搬があったりしますので

事務職の方よりは復帰が遅くなることは覚悟していましたが・・・・

丸々3か月たっても改善しきれていない状態に少々不安を感じていました。

あらゆる情報を集め社会保険の傷病手当の手続きをし、やっと少しお金が入る算段が

つきました。それにしてもこのいろいろな手続き、実際申請してからお金になるまでの

期間が長すぎる。。。。2か月3か月は当たり前。

本当に生活がきついときにはどうにもこうにもお金がない時期が続きます。

入院しているときの分は保険がすぐ入金されましたがすべて入院費に。

もう少し長く入院していてくれたほうがお金がかからなかったと口には出しませんが

心では思っていました。(最低な妻です)

旦那に対してもつらいのは彼なのでできるだけ仕事復帰に関しては

触れないようにしていました。

年末になり12月になったということもあり急に来週から(12月頭から)仕事行ってみるよと

言い出しました。どうしてもだめだったらまた休むと。


体調が治ったわけではなく【我慢】しかないと思ったといっていました。

なんかかわいそう。。。

それでなくても久しぶりの仕事でくたくたになるのに輪をかけてヘロヘロになって帰ってきます。

本当に手術してよかったのでしょうか?

手術前のほうが楽だったといっていました。

しかし手術をしていなければひどくなることはあっても(最悪の場合半身不随)

よくなることはないといわれ手術することにしました。

しかし後遺症?がここまであるとずっと家にいて心がやんでしまうのではないかと

別の心配もありました。買い物頼んだり晩御飯を作ってもらったりして

家での役割を与えたりして気持ちが前向きになるように考えたりして。


今日で仕事復帰して一週間。

どうなのでしょう、このまま続くのかはたまた休むのか。。。

本人に任せようと思っていますが子供たちも心配しています。

早く旦那の後遺症がよくなるようにと願うばかりです。


いつになったら仕事復帰できるのか・・・

9月2日に手術して15日に退院した主人

いまだに仕事復帰ができないでおります。

つらさに波があるようですが、正直どうしよう。。。と思っています。

いろいろ言って追い込んだらいけない。でもこっちも早く社会復帰してほしい。

だんだんジレンマが・・・・

右手のしびれがひどいようです。頸椎手術の後遺症だと思います。

治るのか、このままなのか本人はとても不安に思っていると思います。

今日もお仏壇に向かって、

早く社会復帰できますように。。。とみっちゃんにお願いしました。

収入がなくなっていく恐怖。どうやって生活していこう。

以外にのほほんと構えている主人。

ジュース1本でも勝手に買ってくると『も~~~~』って思います。

私の心がせまいのでしょうか??

早く日常に戻りたい。
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